小野 毛人(おの の えみし)は、飛鳥時代の官人。大徳・小野妹子の子。冠位は小錦中。
概要
江戸時代初期に山城国愛宕郡小野郷(現在の京都府京都市左京区上高野)にある崇道神社近くの山から毛人の墓誌が発見され、国宝に指定されている。墓誌銘によると、毛人は天武朝において太政官に勤め、刑部大卿を兼務しており、冠位は大錦上であったという。子息である小野毛野の没伝では、毛人の冠位は小錦中とされていることから、没後に大錦上の贈位を受けたか。
墓誌に関する逸話
伊藤東涯の随筆『盍簪録』から引用した松崎慊堂の日暦によると、この墓誌は慶長年間に墓泥棒によって暴かれた石郭から発見され、近くの村にある法幢寺に持ってこられた。ところがその後、村は落ちぶれて荒れ果てたため、墓の祟りを恐れ、元のところへ復したという。
系譜
- 父:小野妹子
- 母:不詳
- 生母不詳の子女
- 男子:小野毛野(?-714)
脚注
参考文献
- 坂本太郎、平野邦雄監修『日本古代氏族人名辞典』吉川弘文館、1990年
- 宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年
外部リンク
- 小野毛人朝臣墓
- ウィキソースには、金銅小野毛人墓誌の原文があります。




